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驚異のトマトの木
水耕栽培との出会い:
以前、兵庫県丹波篠山の協和だったと思いますが、ハイポニカでどでかいトマトの木を見て大感激したことがあります。
そのトマトの茎はあたかも1本の株、茎ではなく木であり、そこから伸びた幹はまさにぶどうの木のように四方八方に伸びて、そこら中に真っ赤なトマトをそこら中に実らせていました。
1本のトマトの木には、何度も越年して合計で数千個も実を付けているとのことで、その木の付け根は株のように見えるのでした。太さは人の拳骨よりも少し大きいくらいあり、初めて目にした光景でした。
とにかくものすごい感動をしたことを、今でもはっきりと覚えています。そのときがわたしの水耕栽培取り組みのスタートでした。
水耕栽培トライのスタート
そのときは三重県に住んでいて、感動に突き動かされて何度も兵庫県へ見に行ったものです。そしてついに自分でも水耕栽培をトライしてみようと決心。
自分で庭に小さな温室を作って、実験を開始しました。1986年のことです。
コンテナを改造して栽培槽を作り、養液槽は栽培槽の下に設置し、ポンプで養液を循環させるシステムにしました。
送られた養液は栽培槽に補給され、オーバーフローしたものは下の養液槽に落ちるような仕組みです。
養液槽には、金魚の水槽設置用の吸気ポンプを設置して、養液内に気泡を吹き出して溶存酸素を高めるようにしました。
トマトは順調に育ち多くの真っ赤な実を実らせました。本当に水耕栽培はすごいと改めて感激し直したものです。
更なる課題
トマトは順調に育ったのですが、まだ一つ挑戦しようと考えていた課題が残っていました。それは何かというと、通常のトマトは秋に成長が終了し、枯れてしまうのが普通です。
しかし協和のトマトだけは何度も越冬して、木のようになっていたことが頭にこびりついていたので、何とかして冬を越させてみようと考えていました。
いろいろそのための準備をし、必要な条件なども調査し、ある一つの結論に達ししていました。
室温(気温)は10℃を保つ。
養液の温度は18℃を維持する・・・です。
そのことによりトマトを死なすことなく、越冬させることができたのです。
その後
残念ですが、越冬後トマトが成長を加速させた4月に、東京への転勤が確定し栽培を断念しました。
東京ではマンション暮らしとなり、ベランダ水耕栽培をやって、くすぶっているトマトの水耕栽培に対する気持を沈めたものでした。
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